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『バットマン:アンダー・ザ・レッドフード』

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バットマン:アンダー・ザ・レッドフード』
シナリオ:ジャド・ウィニック
イラスト:ダグ・マーンキ、シェーン・デイビス、エリック・バトル、ポール・リー
発売:2010年


■あらすじ
ゴッサムシティの闇夜に突如現れた赤い仮面の男、その名は"レッドフード"。
高い戦闘スキルと身体能力を武器に、街を荒らす悪党に次々と制裁を加えていく。しかし、その思想はバットマンよりも過激で自己中心的。相手の生死をも問わないレッドフードはバットマンに対し「この街に必要なのは自分だ」と宣戦布告する。一方、バットマンはレッドフードの身のこなしに既視感を覚え、彼の暴走を止めるのと同時に調査を開始した結果、ある一つの結論に辿りつく。それは自身の過去最大の失態と癒えきらぬ心の傷をえぐる残酷な現実だった。
また、自身が牛耳るゴッサムシティを荒らされたブラックマスクもミスターフリーズやソサイエティと手を組みレッドフードを始末すべく動き出す。


■ストーリー
全体的なストーリーについては他にまとめている方もいらっしゃると思うので、ここではレッドフードとバットマンのやり取りについてザッとまとめます。

 

※以下ネタバレあり※

 

「度重なる不幸の館 漆黒の布で覆われた鏡のように弔いを連想させる空間」

ウェイン家の執事アルフレッドはウェイン邸をこう表した。それは屋敷の存在よりもその家主の人生を指しているように聞こえる。
この暗いモノローグから始まる本作は、過去に幾度となくバットファミリーを襲った悲劇の一つ、その亡霊ともいうべき存在が登場する。
バットマンの未だ癒えない心の傷をえぐる存在の名は"レッドフード"。突如ゴッサムシティに現れ次々と悪党に制裁を加えていくが、現場に残るのは死体の山。謎の男の暴走を止めるべくバットマンが動き出すが、そこには予想だにしない謎が隠されていた。

過去、バットマンが犯した最大の過ちの一つ、それは二代目ロビンであるジェイソン・トッドの死。
二人の出会いはブルースの両親が殺されたクライム・アレイ。孤児だったジェイソンがバットモービルのタイヤを盗もうとしたことがきっかけだった。これをある種の運命だと感じたブルースはジェイソンを養子として迎え新しい名前を与えた。
初代ロビンのディック(現ナイトウィング)が巣立ってから心のどこかで相棒を欲していたバットマン。アルフレッド曰く、相棒がいる時の彼は別人であり両親の死の悲しみから少しだけ開放されているようだと言う。

「"幸せ"とは申しません この戦いに幸福などあり得ません 少し楽になったとは言うべきでしょう」

バットマンにとって"ロビン"は単なる相棒ではなく、悪との戦いで理性と衝動の狭間に揺れる己を人間たらしめてくれる存在だった。それはジェイソンも変わりなかったが、彼は才能はあるものの喜怒哀楽が激しく少々問題のある少年だった。悪人退治を「ゲーム」だと言って自殺願望者のような無茶な戦い方を続けるうち、バットマンとの信頼関係も次第に揺らいでいった。

「時とともに人は変わります」
「世界は少し暗くなりました」

当時のことをアルフレッドはそう言った。
そして、悲劇が訪れる。ジェイソンは母親を助けるためジョーカーと対決、劣勢となりバールで幾度となく殴打され最後は爆弾で命を落とした。バットマンの救出は間に合わず、瓦礫の山の中で見つけたのはすでに息絶えたジェイソンの姿だった。(ジェイソンの死因については本書よりも『バットマン:デス・イン・ザ・ファミリー』に詳しく掲載されています)

冷たくなったジェイソンの身体を抱えた時の感覚を未だ忘れられないバットマン。そして、今目の前に現れたレッドフード。彼は二回目の対決時に自らそのマスクを脱ぎ正体を明かす。

自分は死んだはずのジェイソン・トッドである、と。

それまでもレッドフードの身のこなしに既視感を覚えたバットマンは独自に調査を進めていた。以前にグリーンアローやスーパーマンが生き返った事実などから、薄々その可能性について思いを巡らせていたところ本人の口から聞かされる真実。DNAも一致し彼は間違いなく"あのジェイソン・トッド"であった。

ジェイソンはバットマンに対し、己の目的は「本来のバットマンの姿になること」だと告げる。悪の街で悪と戦うには悪になるしかない、自分ならば平和をもたらせる、その正義を邪魔するものは排除する。そう宣戦布告し再び闇に消えていく。
その言葉通りゴッサムを牛耳るブラックマスクの手下を次々と殺して回るとの同時にある人物を拉致する。それは他でもない自分を殺した張本人ジョーカー。あの日の再現かのようにバールを手にしたジェイソンはジョーカーをいたぶった後、とある場所に連れて行くのだった。

一方、散々シマを荒らされたブラックマスクは怒り心頭。ミスターフリーズやソサエティを使いあの手この手でレッドフードの命を狙うがことごとく失敗。挙げ句の果てにはアジトをミサイルで爆破される始末。
追い詰められ後がなくなったブラックマスクはレッドフードと和解すべく出向くが、話がうまくまとまるはずもなく殺し合いに発展。バットマンが現場に駆けつけた時にはナイフが深く胸に刺さり息絶えたレッドフードが横たわっていた。
再び目の当たりにするジェイソンの死に動揺するバットマンだったが、それは偽物でありこの騒動は彼を誘き出すための策略だった。「イーストエンド 例の場所で待つ」というメッセージを受け取ったバットマンは最終決戦へと向かう。

"例の場所"とはバットマン誕生の地、そして二人が出会ったすべての始まりクライム・アレイだった。ここにジェイソン、バットマン、ジョーカーの三名が揃い、あの時を再現するかのようにビルには爆弾が仕掛けられていたが、今回爆破の危機に晒されているのはジョーカーだった。
これはジェイソン・トッドのジョーカーとバットマンへの復讐劇なのだ。お膳立ては整った。ジェイソンはこの場所を「すべてが終わる場所」だと言った。今や敵となった昔のパートナー、師と弟子、親と子が最後の決着をつける時がきた。

憎悪に燃える元相棒と拳を交える中、バットマンには今度こそ彼を救いたいという切実な思いがあった。自分が彼の命を救えなかったばかりにこうなってしまったのだと考えたからだ。しかし、それは間違っていた。
戦いは激しさを増し次第に劣勢となっていくジェイソンは、それまで取り繕っていた建前が少しづつ剥がれ出し、その心境を吐露し始める。

「俺を救えなかったのは仕方ない」

「けど…なぜだ?どうして…」

 

「…こいつが生きてる?」

 

ジョーカーを指してジェイソンそう言った。こんな状況下で軽口を叩き続けるジョーカーを怒りに任せて殴り、この狂人のせいで犠牲になった何千人もの人々の死を完全に無視しているとバットマンに指摘する。そして、その犠牲の中には"友人"の痛みも含まれると。


「もし俺が死ねば…ジョーカーに対して究極の罰を与えると思ってた…」

「もしこいつがあんたを撲殺したら…こいつがあんたを苦しめたら…もしあんたが殺されたとしたら…」

「…俺は草の根分けてもこの腐れ外道を見つけ出して……地獄に送ってやる」


世界最高峰の探偵の謳われるバットマンにもたどり着けない真実はある。ジェイソンが憎悪を燃やす理由、それは相棒であった自分の存在よりもバットマンが己の信念を優先したことだった。
不殺の誓いを立てているバットマンはジェイソンが殺されてもジョーカーを殺さなかった。ジェイソンにとっては到底認めることができない現実だった。

バットマンはジェイソンの誤解を正すべく、"一線を越える"ということについて説き始めた。
鋼の意思を持つバットマンにとってもそれは簡単であるという。バットマンの最大の願いはジョーカーを殺すことであり、ただ殺すのではなく時間をかけて拷問し四肢を切断しボロ人形のようにしてもがき苦しみながら断末魔の中で奴が壮絶な死を遂げるそれが何よりの望みであると。しかし、一度手を染めれば二度と戻れない。この世で最も憎悪する相手に極刑を与えるよりもその"一線"は尊いのだと。

しかし、ジェイソンはそれを聞き入れなかった。そもそも意味を理解できなかった。すでに一線を越えている彼はそこに何の疑問も抱いていない。その時点でこの二人の道は決定的に違えていたのだった。
バットマンとの心の隔たりを実感し、少しづつ力をなくしながらもジェイソンは再度ジョーカーを殺せと説得する。「こいつはあんたの相棒を殺したんだ」と。

しかし、バットマンの答えは変わらない。


「無理だ すまない 私にはできない」


謝罪と懇願が入り混じる返答に業を煮やし、最終手段としてバットマンに究極の選択を迫る。


「あんたがこいつを殺さないなら…俺が殺す」

「それが嫌ならこの俺を殺すことだ」


バットマンに銃を渡して同時に自分もジョーカーの頭に銃口を向ける。この時のジェイソンは涙を流しながら、元相棒への最後の期待を込めて縋るようにも見える。そんな彼を見てバットマンも強硬手段には出ずに説得を続ける。哀れな本心を知った今、彼を救うため心に訴えるが、もはや理性を失ったジェイソンは引き金に手をかけた。
引き金を引きかけた次の瞬間、一瞬の隙をついてバットマンが放ったバッタランがジェイソンの肩に命中する。不意打ちの痛みに体制を崩し、床に流れる血溜まりに倒れ込むジェイソン。気を失ったのか起き上がる様子はない。

終始ことの次第を傍観していたジョーカーだが、解放された途端その高笑いが辺りを包む。大量に準備された爆弾に銃口を向け「最高のエンディングだ」と言い、バットマンの生死も聞かず発砲する。
凄まじい爆音とともにビルは粉々に砕け散った。
あとに残ったのはまるで"あの時"のような瓦礫の山。
しかし、そこから再び少年の姿を見つけることはできなかった。

 

■書簡
ジョーカーとバットマンへの単なる復讐劇かと思いきやジェイソンの心の中を支配していたのは「なぜ?」という疑問だった。
かつて相棒として戦場で背を預け、生活を共にしたパートナーであり、師であり、父親であったバットマンの行為は裏切りとしか映らず憎むことしかできなかった。
両親を失った過去を持ち、その傷が癒えぬ前にロビンになってしまった彼の愛に飢えた一面は狂気的なものへと変化した。ただ愛されたかった子供はやがて愛してくれなかった親への復讐心から人殺しへと成り果てた。

もちろんバットマンがジョーカーへの復讐を考えなかったわけではない。直後はジョーカーを殺すためスーパーマンの静止も、国際問題も気にせず行動しようとした。(この辺りは『バットマン:デス・イン・ザ・ファミリー』ご参照ください)その後は喪失感から自暴自棄になった時期もあった。今でもジェイソンがロビンだった頃の衣装をバットケイブの目立つ場所に飾っているのは今でも彼を思っている証拠である。
しかし、ジェイソン自身はそのことを知る由もない。ジェイソンにはバットマンがなぜ一線を越えないのか理解できなかった。その時点でこの二人の道はもうすでに対極にいることが伺える。

ラストの"お膳立て"はジェイソンからバットマンへの究極の嫌味である。しかも、この際にソサエティによりブルードヘイブンが爆破され、ナイトウィングの身を案じたバットマンが一瞬戦い投げ出そうとするのだが、ジェイソンはそれを頑なに阻止しようしてこう言い放つ。

「またしても爆破現場に駆けつけ、瓦礫のなかから"相棒の少年"の死体を探さなきゃならない」「ブルース 残念だったな 手遅れだよ」「今回も」

めちゃくちゃ根に持っている…!
だが、ジェイソンのここまでの嫌味も分からなくもない。というのも、これ以前に発売されたコミック『バットマン:ハッシュ』にて、生き返ってから一度対面しているのだが、その時もバットマンの後悔の表情が見たくて行ったのに自分だと信じてもらえなくてボコボコにされたのだ。そこで完全にいじけて本件についての決心がついたというわけである。
しかも、その時は初代ロビンより自分が劣っているとバットマンは思っていると勝手にキレるし、三代目ロビンを「偽物」呼ばわりするしのワガママ坊やのやりたい放題。バットマンのコミュ障具合もそれに拍車をかけてうまく気持ちが通じ合わず、未だ過去を清算できずバットマンへの執着が拗らせまくっている。しかし、それが狂気だけではなく親愛も含まれると知ると憎めないキャラクターである。

ちなみにリアタイで連載していた当時二代目ロビンはあまり人気なかったらしく、脚本家は機会があれば殺そうと思っていたとのこと。
結果、二代目ロビンは読者の電話投票で接戦の末に「死亡」となった。(それが『デス・イン・ザ・ファミリー』のラスト)

ジェイソンが生き返った理由については、『インフィニティ・クライシス』というDCのクロスオーバー・イベントに関係があり、スーパーボーイ・プライムが時空の壁を打ち砕いた時の波動によって死から復活した。その後、タリア・アルグールの手引きでラザラス・ピットに入り、記憶と力を取り戻したという設定。
この記憶を取り戻す段階については本書巻末に収録されているコミック参照。解説パートにて色々補足してくれているので先述のクロスオーバーイベントについて詳しくなくても問題なく読めました。

あと、自業自得ではあるがブラックマスクがとばっちりを食いっぱなしで可哀想。アジトを爆破される際に全力疾走する姿なんかはちょっと可愛い。

ジョーカーは一応今回のメインキャラではあるが、誌面への登場率は控えめ。たが、印象的なのはジェイソンがジョーカーについての核心を指摘するシーン。

「他の人間が思ってるほどお前は狂っちゃいない。自分でも、そう思いたいだけだ」
「狂ったピエロを演じていれば、どんなイカレたことをしてもそのせいにできるからな」
「お前は狂人だ。だが、真の狂人じゃない」

そう言われたジョーカーは急に笑うことをやめてジェイソンを睨みつけるのだ。
ジェイソンは昔から才能あふれる少年であり、相手の核心を見抜く力を持っていた。
バットマンの最大の脅威とはどんな強い腕力を持つ者でも、明晰な頭脳の持ち主でもない、バットマンを深く理解し見抜く者こそ一番に恐れるべき相手なのだ。そして、レッドフードはまさにその存在だった。

最後に、こちらはアニメ版も製作されているが、日本語字幕はなし。内容はちょこちょこ端折られてたり改変されているが、大筋を知るにはいいかもしれない。ジェンセン・アクレスがレッドフード役の声優を務めている。ジェンセンのハロウィンレッドフードコスは夢あふれる…!いつか実写化してほしい。