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「トム・アット・ザ・ファーム」

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「トム・アット・ザ・ファーム」
監督、脚本、主演:グザヴィエ・ドラン
公開:2013年 フランス/カナダ映画
ジャンル:サイコサスペンス


■あらすじ
恋人の葬儀のため彼の故郷にやってきたトム。
友人という建前で訪ねてきたものの、事情を知る彼の兄フランシスは高圧的な態度で「葬儀では母親が喜ぶような立派な弔辞を述べろ」と迫る。
しかし、当日言葉につまってしまったトムにフランシスは「母を喜ばせるために演技をしろ それまでは帰さない」と脅迫する。
言われたとおり母親の前で架空の彼女"サラ"の話をして農場を手伝うが、田舎ならではの閉鎖的な空間の中でその日常に日々洗脳されていくと共に、フランシスの暴力や支配は続きながらも両者の間には依存心が芽生えはじめトムの心は更に侵食されていく。


■登場人物紹介
・トム
都会の広告代理店に勤めるシティボーイ。ゲイ。恋人を亡くした深い悲しみの中、訪れた田舎町で更なる闇に落ちることとなる。

・フランシス
死んだ恋人の兄。母親と二人きりの農場暮らしに不満を募らせている。短気で暴力的な性格に町中から煙たがられており、母親の機嫌取りのためにトムを利用する。

・アガット
死んだ恋人の母親。普通の田舎のお母さん。トムのことを気に入っており、このままずっと家にいてほしいと望んでいる。死んだ息子をとても愛しており、"サラ"はなぜ葬式にこなかったのかと怒り悲しんでいる。
フランシスの暴力癖は承知しており、トムに手を上げた彼を叱責する。

・サラ
トムの同僚。架空の彼女役として田舎町までやってきたが、フランシスの態度やトムの異変を察知しすぐ立ち去ろうとする。

・ギヨーム
死んだトムの恋人。生前は実家を離れてからほぼ音沙汰なしだったため母親を寂しがらせていた。


■ストーリー詳細&書簡(ネタバレあり)
物語の冒頭で恋人の死に対しトムは「自身の一部が死んだのと同じ(中略)今残されたものが君のいない世界でできることは 君の代わりを見つけること」と独白する。
深い悲しみの中で出会うのは恋人の兄フランシス。軟禁状態で理不尽な扱いを受けながらも恋人と似た顔、似た声、同じコロンをまとう彼の存在に心の喪失感が埋まっていくのを感じるトムはなかなかその家を出る決心がつかない。
フランシスも弟の身代わりのように我が家にやってきたトムに対し、自分を置き去りにした弟への鬱憤を晴らすかのように支配的な態度を取るが、田舎町の抑圧された生活の中でトムの存在が心の拠り所となっていく。

性的な意味合いで肉体的に一線を越えることはないが、精神は依存と恐怖の狭間で揺れ動く。

二人の関係性は支配と暴力を伴う。母親にすべてを告げて町を去ると言ったトムをトウモロコシ畑の中で追い回し、馬乗りになって殴るフランシスは「ゲームを続けろ」と強要する。広い農場の中、トムを助ける者は現れない。
農場にいるのはうんざりだという愚痴を母親に聞かれてしまったことを八当たりして殴りつけたり、この農場から出られないよう車のタイヤを外したり、フランシスの支配は日々強くなり継続的に続く。

しかし、両者の間に流れる空気は決してそれだけではない。生まれた子牛につけたくだらない名前で笑い合ったり、ドラッグでハイになってダンスしたり、まるで兄弟かのような時間も同時に存在する。
また、トウモロコシ畑で負った傷の包帯を交換しながら「次に逃げる時は大豆畑にしろ」とアドバイスするフランシスに「すまない」と答えるトムは、触れられた部分から少なからず確かになにかを感じ取った表情をしている。
トムと話す時の母親の声は明るく、そのためにも「ここにいろ」といつもより穏やか口調でフランシスは告げる。

印象的なシーンとして二人が酒を飲み交わしながらふざけ合ううち、フランシスがトムの首に手をかけ徐々に力を入れていく「もっと締めろ」というトムに「止めるタイミングはお前が決めろ」と答える。
そして、フランシスを近くに感じたトムは「コロンの匂いも声も同じ あの心惑わす声…」と涙を流しながら独り言のように呟く。
その夜、隣のベッドで眠るフランシスの背に向けるトムの視線は物言いたげで視聴者の想像を掻き立てる。

そんな中トムは町の人々のフランシスに対する態度に違和感を募らせていた。葬式では誰一人として彼に声を掛けず、病院の待合室でもフランシスといると皆がこちらを横目で伺ってくる。医者にもロンシャン家とは仲が深いのか?と訝った目で質問される。トムは後に過去に起こったある事件を知り、彼らの視線の意味を理解することとなる。


そして物語の中盤から更に顕著となる二人の闇。


農場暮らしが始まり三週間が経過した。
トムは電話で同僚のサラを呼びつける。以前に母親はこのサラと息子が写っている写真を見て以来、彼女が恋人だと信じている。
トムに借金のあるサラは仕方なくやって来るが、フランシスの態度や痣だらけのトムを見てすぐに逃げ出そうと提案する。しかし、トムは広告代理店の仕事を辞めてこの農場で暮らす未来について語り出す。彼らは家族同然でここには自分が必要だと主張。フランシスのためにレーザー付きの搾乳機を購入すると笑いながら話す。サラを呼びつけたのも母親を喜ばせるためというフランシスと同じ動機で、その目は明らかに焦点が定まらず浮かべる笑みは不気味そのもの。
閉鎖的な空間により完全に洗脳状態に陥っているように見えるトムだが、それと同時に死んだ恋人は誰とでも寝るような軽薄な男であったことが発覚。しかし、そのことに薄々気付いていた様子を見せたことから、もしかしたら死んだ恋人との関係はトムからの一方的なものであったのかもしれない。そして、元から依存体質であったトムは、洗脳されたというよりもロンシャン家という新たな依存先を見つけ、自ら型にハマっていったとも見て取れる。トムにとってフランシスは死んだ恋人の代わりに心の隙間を埋める存在となってしまっていた。

また、フランシスの支配も暴力的な性格のみが原因なわけではないのかもしれない。
9年前、とあるバーの周年記念日にやってきたフランシスと弟ギヨーム。ギヨームと踊った男がフランシスに「お前の弟について微妙な話がある」と耳打ちしたところ、男の口に手を入れて口角を耳や喉まで引き裂き一生残る傷をつけたという事件が起こった。これによりフランシスは徹底して町の人々から敬遠されていたのだ。
そんな事件を起こしたのは弟がゲイである秘密をバラされ町中に知れ渡るかもしれない危機感からか、愛する弟を辱めるようなことを言おうとした男への怒りなのかは謎である。ギヨームが家を出てその後全く帰らなかったのもこの事件が関係あるのかないの。そして、母親の機嫌を損ねることに異常なまでに敏感なのは、過去の暴力沙汰から後ろめたさを背負わせている罪の意識なのか、今ここにいない父親と関係があるのか、単に母親への愛なのか、それとももしかしたら当人もトムや弟と同じ秘密を抱えているからなのか…
どちらにしてもフランシスが頑なに弟がゲイであることを隠しと通そうとする姿はなにかの恐怖に怯えているようあり、孤独な田舎暮らしの中で得たトムという存在に依存し、手放したくなかったのではないだろうか。

しかし、フランシスの過去を知ったトムの心は揺れる。すでに彼に依存している思考停止状態の脳内と、このまま彼といることによる命の危険を察した本能との葛藤。
翌日、目を覚ますといつも隣で寝ているはずのフランシスはおらず家には一人だけ。この時、昨夜葛藤したうちの本能が勝り逃げ出す覚悟を決める。彼が戻ってくる前に急いで荷物をまとめ家を飛び出す。この時に武器かのようにスコップを持っていく姿からも、もし見つかったらどうなるかという恐怖に駆られていることが伺える。

田舎の一本道をひたすらに歩くトムだったが、フランシスに見つかってしまい咄嗟に林の中に逃げ込む。追いかけるフランシス。木々の間に姿を隠し様子を伺うトムにフランシスはこう叫ぶ。

「悪かった」「謝る」「行くな」「もう傷つけない」「俺はどうなる 見捨てないでくれ」「お前が必要なんだ」「よくもこんなマネを」「俺はお前から逃げたりしない」「俺はいい人間になる」「見つけるからな」

相当興奮した様子でトムへの謝罪と許しを乞いながら怒りに絶叫する。DV加害者の常套句のようなセリフをトムは息を潜め聞いていたが、一瞬の隙をついで車を奪い逃走。走り去る車を眺めるフランシスの姿は力なく絶望が渦巻いていた。

なんとか逃げおおせた。途中でガソリンスタンドに立ち寄ったトムはある人物に遭遇する。その人物か確証はない、顔見知りではないのだから。ただ、口角から耳や喉にまで伸びる傷跡はよく見るものではない。その時、トムの頭の中には葬式で誰にも話しかけられず部屋の隅に座るフランシスの後ろ姿が浮かぶ。

そのまま車を走らせるとやっと見慣れた高層ビルの明かりや看板のネオンライトが視界に入ってきた。ついにトムはあの淀みから解放され正常な日常に戻ってこれたのだ。

もうフランシスに会うこともないだろう。

信号待ちで周りを見渡すと都会で生きる人々が目に入る。

頭をかき思いを巡らせるように瞳を閉じたトム、ハンドルに掛けた手に力を込め直す。

信号は今、青に変わった。

 


終始不穏な音楽と色使いで、まるでホラーかのような不安を煽る演出が物語により一層の影を落とす本作。
田舎町ならではの閉塞感や鬱屈、トムとフランシスの恋愛とは違うカテゴリーでの共依存関係。キャラクターの明示されない思惑も多く、考えさせられるかつ煮え切らない微熱を残す名作。
監督、脚本、主演のグザヴィエ・ドランの溢れ出る才能が他の作品とはまた違った形で表現されている。
ラスト後、個人的にはトムは迷いながらもフランシスの元に戻ったのではないかと感じる。もし戻ったらトムは今後こそ殺されるかもしれない。きっとトムもそのことは分かっているだろう。しかし、トムの心はもうとっくに一線を越えている。その代償はきっと大きいだろう。